書籍『英国コメディ映画の黄金時代――「マダムと泥棒」を生んだイーリング撮影所』 山田宏一(映画評論家)さん

英国コメディ映画の黄金時代―『マダムと泥棒』を生んだイーリング撮影所

こんな――もちろんすばらしい――映画の本まで出るとは! ただもうオドロキです。チャールズ・バー著、宮本高晴訳、清流出版(いまや唯一最高の映画の味方と言ってもいい出版社なのだ!)。私は原本(「Ealing Studios」)をずっと持っていて、なかなか読めずにいたので、こんなにうれしい出版はありません。それも、「われとともに老いよ、楽しみはこの先にあり リング・ラードナー・ジュニア自伝」や「王になろうとした男 ジョン・ヒューストン」や「ワイルダーならどうする?」や「スコセッシ・オン・スコセッシ 私はキャメラの横で死ぬだろう」など最も信頼できる仕事をつづけてきた宮本高晴氏の訳です。
アレクサンダー・マッケンドリック監督の「マダムと泥棒」(55)を見たときに、私は「バルコン・タッチ」という言葉をおぼえました。洒落たイギリス映画独特のユーモアを意味するというくらいの感じでおぼえていたのですが、じつは「バルコン・タッチ」というのはプロデューサーのマイケル・バルコン(1930年代には「暗殺者の家」「三十九夜」「間諜最後の日」などアルフレッド・ヒッチコック監督の名作の数々を製作しています)がイーリング撮影所の製作部長となって「独特のカラーを作りあげた」ものなのだと「映画百科辞典」(白揚社)には定義されています――「イギリス伝統のドキュメンタリー的傾向があり、ロケーションの効果をたくみに生かしている」もので、チャールズ・フレンド監督の「船団最後の日」(44)や「愛の海峡」(45)、バジル・ディアデン監督の「捕われた心」(46)や「兇弾」(50)、ハリー・ワット監督の「オヴァランダース」(46)といった代表作が挙げられています。一方、マイケル・バルコンはイーリング撮影所で、これまた「独特のカラー」のコメディを製作しました。それが「マダムと泥棒」のような喜劇で、イーリング撮影所でつくられたので「イーリング・コメディ」とよばれ、日本では「バルコン・タッチ」と混同されて伝えられたようなのです。「マダムと泥棒」は大金をねらう泥棒一味の話で、アレック・ギネスピーター・セラーズ、ハーバート・ロムといった芸達者が出てくる。ぜひまた見たい作品です。